『六王権』軍がイタリア北部から全方面より総攻撃を仕掛けた。
その報告は『闇の封印』がイタリア南東地区と地中海東部を除く欧州全域、更にエジプトまでの北アフリカ一帯に広がり、更には、スペイン領バレアレス諸島との連絡が完全に途絶えたと言う報告に前後で届けられた。
「最悪の予想が最悪のタイミングで当たっちまった。もう、バレアレス諸島は『六王権』軍の手に落ちたと見て間違いないだろう」
報告を受けて苦りきった表情で頭を抱える志貴だったが、直ぐに気を取り直す。
「シオン、北アフリカは?」
「わかっている範囲ではジブラルタルを突破した『六王権』軍はモロッコ領を東に突き進んでいると・・・考えたくないですが」
「間違いなく北アフリカに展開している『六王権』軍の目的地はアトラス院だ」
志貴の断言は既にシオンも承知していた事。
「大丈夫だ。アトラスもそう簡単には陥落はしない。それよりも当面の問題はこっちだ」
幾分暗い表情のシオンを気遣うようにそう言ってから地中海周辺の地図を取り出す。
「バレアレス諸島が落ちたと言う事は既に『六王権』軍が地中海中部近くまで軍を進めている事は疑うまでも無いだろうな」
「うん、正直現在位置も判りたかったけど・・・」
闇の封印の中では視界も著しく落ちてしまうが、『六王権』軍は灯りも灯す事無く、死徒達の視力で視界を確保している。
その為、運よく『六王権』軍海軍の船を発見しても、既に発見されており奇襲を受ける事態が開戦時から続発していた。
「サルデーニャ島と、コレス島はどうですか、姉さん?」
地中海中部に位置する、イタリア、フランス領の島の現状をエレイシアに尋ねる。
仮にこの二つの島が既に陥落となれば、直線距離にしてイタリアまで短い所では二百キロも無い。
現在位置が不明な為、志貴達には島が落ちたかそうでないかで、『六王権』軍の現在位置を推定するより術はなかった。
「まだこの二つからは『六王権』軍上陸の知らせは届いていません」
「そうなると、推定でバレアレス諸島とサルデーニャ島の間の海域に」
「それか、大きく南に迂回してシチリア島とイタリア南部を目指しているのかも」
エレイシアの回答にシオンと琥珀がそれぞれ可能性を述べる。
「志貴君、アフリカの『六王権』軍の補佐に向かっている可能性は無いかな?」
アルトルージュの質問に志貴は険しい表情を崩さずに
「その可能性もないとは言い切れないけど、行われているとすれば、それは一部の部隊だけだろう。本隊は間違いなくイタリアを目指している」
そこへダウンが飛び込んでくる。
「シスター、悪い知らせが立て続けに三つ入ってきましたよ。一つは今から三時間前に『六王権』軍がサルデーニャ、コレス、更にシチリアの三島の海上に出現、上陸を開始しました」
十四『イタリア撤退戦』
「なっ!どれかでなく全部で来たと!」
「はい、現地では大混乱です」
「まずいな・・・そうなるとイタリア南部も・・・」
「ええ、それが二つ目の悪い知らせです。『六王権』軍がイタリア南西の都市レッジョディカラブリアにも現れ、上陸を」
地図で確認する。
イタリア南西部では最も大きい都市であり、シチリア島とはメッシナ海峡を挟んでいるだけでほとんど距離は無い。
「ダウン、『六王権』軍はシチリア島東部から?」
「いえ、シチリア島最大の都市パレルモにも」
「なんてこと・・・つまり挟み撃ち?」
「絶望的としか言い様が無いね・・・でもまだあるんでしょ?悪い知らせ」
「ええ、三つ目は北部から攻め込んでいる『六王権』軍の指揮官がわかりました。二十七祖十八位エンハウンスです」
「ええっ!片刃が!」
アルクェイドがエンハウンスの蔑称で呼ぶ。
「そうです。それも以前よりも力を増している様子で、教会の防衛戦を次々と粉砕してこちらに迫って来ています。その速度があまりにも速い為にかなりの部隊が取り残されている事態が多発しています」
「片刃の奴、『六王権』に何かされたのかしら?」
「どうしてそう思うんだ?」
「簡単よ。あいつは確かに祖に祭り上げられているけど、親である前の祖を強引に殺して祖に就いたから前の十八位の力は全く受け継いでいないわ」
アルトルージュの言葉にエレイシアも頷く。
「そうですね。確かにエンハウンスも二十七祖級の力は持っていますが、それでも他のその祖のような特殊能力もありません。戦闘スタイルも親が保有していた剣と教会で祝福を受けた銃での白兵戦のみです」
「前線からの報告ではエンハウンスの戦闘スタイルこそは以前と変わらないが剣と銃は大きく違っていると」
「多分それが片刃の力を上げている要因ね」
「だが、今はイタリアからの撤退の方が先決だ。南西地区からの上陸も許している以上、もう時間は無い」
「そうだな」
志貴の言葉に短い一言だけで肯定しながらナルバレックが現れる。
胸に彼女の息子を抱いて。
「最新情報だ。コルス、サルデーニャ、シチリアの三島からの連絡が途絶えた。通信を入れる為の機器が壊れたか・・・」
「連絡を入れる余力すらなくなったか・・・」
「そう言う事だ。遅かれ早かれ、『六王権』軍はそう時間を掛けず、三島を落とし、側面や後背から上陸してくるだろう。来るべき時が来たようだ。既に教会の重要人物はイタリア空軍に守られてトルコへ脱出した」
「そうか、俺達も急いで撤退しないと」
「ああ、それで、この前の約束覚えているな」
「・・・ああ」
志貴が頷くのを見て満足そうに笑い、赤子を志貴に差し出す。
志貴も何も言わず、その赤ん坊を受け取る。
「既にナルバレック家の継承の儀式は済ませている。最悪の場合でも全てはこの子に受け継がれるだろう」
そう言って微笑む。
それに志貴の視線はやや鋭くなる。
「貴女こそ忘れていないでしょうね。この子が」
「判っている。私もまだまだ死ぬ気は無い。あくまでも保険だ」
そう言ってナルバレックは軽く微笑むが次に発せられた言葉に全員が声を失った。
「だが、この子もお前の腕の中では良く眠る。本能でお前が父親だと察しているのか。ふふっ、流石は私の息子だ」
その瞬間音が消え、空気も時間すら凍てついたような気がした。
少なくとも志貴にはそう感じた。
「・・・い、今・・・なんて・・・」
アルクェイドが掠れた声を発する。
未だ全員意味を完全に把握した訳ではないが、もしそれが行われれば『六王権』軍との戦いの前に妻の手により志貴は惨殺されるだろう。
そんな事を志貴はどこか他人事の様に考えていた。
あまりの恐怖に自己防衛本能が発揮したようだった。
「ん?ああそういえば言っていなかったか」
わざとらしくそんな事を言い放ち、聞き間違いようのない決定的な一言を放った。
「この子の父親はこの男だ」
その言葉に全員の怒りとパニックが爆発する寸前と思われたその瞬間、ナルバレックの更なる一言に全員再び停止する。
「言っておくが、私とこの男との間にはお前達が思っているような汚らわしい行いは一切無いぞ」
『へっ??』
一斉に拍子抜けした声がする。
「ちょ、ちょっと待って下さいナルバレック」
そこへようやく立ち直ったエレイシアが口を挟む。
「えっと、この子の父親は志貴君なのですか?」
「ああそうだ」
「でも、その・・・子作りはしていないと」
「ああ、していない」
「ではどうやって・・・」
「最近の医学と言う奴はなかなか便利でな。体外受精と言うもののお陰で私はこの子を授かっただけだ」
その声に安堵と疑惑と嫉妬の入り混じった声を上げるのは『七夫人』。
志貴が浮気をしていなかったという安堵とナルバレックの言葉は本当なのかと言う疑問、そして全員が夢見ていた志貴との子供をよりにも目の前の女に一番乗りされたと言う嫉妬だった。
「ですが、ナルバレック、どうやって貴女はその・・・し、志貴の、精子を・・・」
シオンの詰問にも
「何、この男が自分で出した精子を我々が上手く入手しただけだ」
慌てる様子も無く平然と答えるナルバレック。
その答えにばつの悪そうな顔をする『七夫人』。
心当たりが多々あるという事だろう。
ただその中で志貴のみは苦々しい表情をしていた。
どの道、完全に隠蔽するのは不可能なのは志貴もわかっていた。
完全に隠蔽するよりは一部だけ虚をつけてしまえばかえってばれにくい。
それは判るのだが、どうせなら自分に前もって言ってほしかった。
そして、志貴は『七夫人』の視線が別の意味で険しいものになっている事に既に気付いていた。
全員眼で志貴にほぼ同じ事を訴えている。
『私も志貴(君、ちゃん、兄さん)の赤ちゃんがほしい』と・・・
断っておくが志貴は別に『七夫人』との間の子作りを怠っている訳ではない。
真姫や妃を始めとする七夜の女性陣からは連日の様に、『七夫人』の誰か妊娠したのと尋ねられるし、真姫からはせっつかれてもいる。
流石に、時と場所を考えているので、ここ数日は控えているが、『七星館』に帰ってきた時は可能な限り、妻と閨を共にして夜を明かしている。
だが、どうもタイミングが悪いのか、それとも別の要因なのか、未だ誰一人として妊娠していなかった。
不安に思って、病院でも診て貰ったが、夫、妻共に健康で子供を産むのに障害は無いとの事だった。
「そ、それよりも・・・翡翠、琥珀、さつき、シオン、秋葉、それとレン」
無言のメッセージを強引に無視すると、『七夫人』の内五人とレンを呼び寄せる。
「どうしたの志貴ちゃん?」
「ああお前達はこの子と葛木さんご夫婦を連れて先に『七夜の里』に帰還してくれ」
「えっ!」
「どうしてですか!兄さん!私達も戦えます!」
「お前達の力を軽視している訳じゃない。だけど今回の戦いは前回のそれとは状況がまるで違う、撤退戦だ。退く事が出来る戦力は可能な限り退かせないとならないんだ」
「たしかに志貴の言う事はもっともですが・・・志貴はどうするのです?」
「俺とアルクェイド、アルトルージュ、先生、リィゾさん、フィナさん、プライミッツは殿となって暫く食い止めてから、イタリアから撤退する。フィナさんの『幽霊船団』を利用すれば仮にイタリア全土が例の闇に覆われたとしても逃げる術は残っている」
「確かに殿には相当の戦力を残さなければならないからな。忌々しいが貴様の判断は妥当だ。シエル、メレム。お前達も『真なる死神』と共同で事に当たれ。ダウン、貴様は先行する部隊と共に先に撤退しろ」
「良いんですかナルバレック?埋葬機関の戦力がかなり減少しますが」
「構わん。どの道、お前達が撤退する者達の殿の主力として敵に相対してもらうのだ。私達はその後ろで補佐に当たるのだから」
「つまり私達をとことんこき使う気ですか?いつもどおりである意味安心したと言うか・・・」
静かに溜息をつくエレイシア。
「志貴ちゃん・・・死なないよね」
「ああ、お前達を残して死ぬにはまだ早過ぎるから・・・じゃあ琥珀この子を」
そう言って志貴は琥珀に赤子を渡す。
「うん」
その瞬間、赤子が眼を開ける。
その瞳は志貴と同じく蒼天のような澄んだ蒼だった。
だが、そんな感慨に浸るのも僅かな間だった。
「ふっ・・・ふぎゃああああああ!!」
突然火がついた様に泣き出す赤子。
「わ、わわわわわわわわ」
「こ、琥珀、俺に」
慌てて志貴に赤子を渡す。
すると、嘘の様に大人しくなり、志貴の頬を叩いて笑う。
その後も『七夫人』が代わる代わる抱っこするがことごとく大泣きしてしまう。
特に青子が抱っこした時には今までになく激しく泣きじゃくり、まるで助けを求める様に、志貴にしきりに手を伸ばす様子を見て、笑顔で本気の攻撃を仕掛けようとしたが、それを総出で食い止めた。
「本当に志貴とナルバレック以外だと泣き出すのね・・・」
呆れたように溜息をつく青子。
「いっそのこと、志貴かナルバレックがおんぶして戦う?」
「冗談はよしてください先生。この子が無事ですむ筈ないでしょう」
そんな冗談が半分本気で提案されるあたり相当頭を悩ませていた。
「そうだな・・・暫くは写真で慰めるしかないか」
「写真?」
そう尋ねるアルクェイドを尻目にナルバレックが懐から自分が写る写真と何処で撮影したのか志貴のそれを二枚、赤子に差し出す。
それを見て、直ぐに嬉しそうな笑い声を上げる赤子を試しに琥珀が抱き抱えると写真に夢中になっているのか泣き出す気配は無い。
「これなら何とかなりそうだね」
「ああ、じゃあ皆、頼む」
志貴の言葉にこくんと頷いた。
ローマ郊外、北からまさしく命からがら生き延びた人々がどうにか逃げ延びようと南西に逃げていく中志貴達は既に臨戦体勢を整えていた。
一足先にローマを後にした翡翠達は既にナポリに到着してそこからトルコに避難する手筈が整っている。
また、ナルバレック率いる埋葬機関は南部カラブリア州、州都、カタンザーロに全教会戦力を結集させて南部に上陸してきた『六王権』軍に備えていた。
「志貴、イタリアを撤退したらどうするの?」
「一先ず日本に帰還してからロンドンに向かう。イタリアの陥落が決定的な今、イギリスはもはや是が非でも守りきらないとならない重要拠点だ」
「でも志貴君、『六王権』軍が私達の事見逃す筈は無いわよ」
「当然俺達をここで葬ろうとするだろうな。だけど逆に言えばそこが付け目だ」
言下の意味を察したリィゾが頷く。
「なるほど、我々は殿であり囮と言う訳か」
「ええ、乱戦になるのは眼に見えていますから、翡翠達を先に戻らせたんです」
バゼットのスパルタ訓練の結果、練度は比べ物にならない程上昇した翡翠達だったが、今回のような乱戦ともなれば間違いなく経験不足が響いてくるだろう。
乱戦において最も狙われるのは孤立し、疲労した者だ。
だからこそ、志貴は自分を含めて孤立しても敵を薙ぎ払える味方を殿に残した。
いくら志貴でも全員を助けられる力量は持っていないのだから。
そこへ、エレイシアが駆け寄る。
「志貴君、翡翠さん達は無事にナポリの空港から出発したそうです」
「まずは一安心か・・・後は、その道中『六王権』軍の空軍に狙われない事を祈るだけだな」
「そうね・・・だけど、まずは」
「ああ、俺達の心配の方が先決だな」
その視線の先からは生者への怨嗟にも聞こえるかすかな呼吸音が何百万と重なった結果、不気味なそして腐臭漂う息を風の様に吹きつけ、死者の大軍が遂にローマ郊外にその姿を見せていた。
志貴達の予測どおり、『六王権』軍はローマにいる志貴達を無視する事はしなかったようだ。
「じゃあ、後はさっきの打ち合わせ通りに。アルクェイドと先生、姉さんとメレム、アルトルージュとリィゾさん、二人一組になって片っ端から敵を薙ぎ払う。俺とプライミッツは遊撃として敵に奇襲を仕掛け、フィナさんは船団で後方支援を」
ちなみに、何故この組み合わせとなったのか?
答えは単に消去法だった。
メレムはアルクェイドと組みたかったが、アルクェイドが嫌がり、アルトルージュはメレムと組みたかったがメレムが断固として拒否。
エレイシアはアルクェイドやアルトルージュと組めばうっかり攻撃しかねないと公言した為(メレムならば何とか耐える事が出来るらしい)、自動的に外され、志貴とプライミッツは遊撃、フィナは後方支援に最初から決まっていたのでこの組み合わせしか残っていなかった。
「じゃあ行きますよ」
エレイシアの言葉と共に全員散らばり、同時に随所で死者が切り刻まれ、砲弾や魔力弾で吹き飛ばされ、剛剣の一撃で薙ぎ払われる。
一方、南西部、カタンザーロでも。
「報告します、ローマにて『六王権』軍と『真なる死神』達が戦闘を開始した旨の連絡が入りました」
「そうか、予想以上に速いな。そうなればこちらも」
「来ました!『六王権』軍です!一路こちらに向かい突進してきます」
「よし、哀れなる死者を土に返せ。遠慮は無用だ」
ナルバレックの言葉と同時にカタンザーロでも『六王権』軍は教会軍とぶつかりあう。
『イタリア撤退戦』はこうして南北双方で激しい火花を散らし始めた。
「はああああああ!」
アルクェイドの気合と共に放たれる一撃は死者を次々と引き千切る。
「いくわよ〜」
のん気な声とは裏腹に青子の魔力弾は次々と死者を爆散させ、
「はっはっはっ!」
エレイシアの黒鍵は的確に死者を貫く。
「はあ!」
「うおおおおおお!」
アルトルージュは優雅に死者を薙ぎ払い、それに付き従うリィゾは主君たる姫に近寄る不埒者を切り伏せる。
「全艦主砲三連、遠慮なく『六王権』軍に風穴を開けてやれ」
フィナの号令の元、空に浮かぶ幽霊艦隊は主砲を撃つ。
時折空中遊撃軍の死者が襲撃に飛来するが、それも骸骨兵士達に袋叩きの憂き目を見る。
「行くぞ」
―閃鞘・七夜―
志貴は動きを止める事無く、高速で動き回りすれ違う死者の点を突いて、突いて、突きまくる。
又反対側からはプライミッツがその視線だけで死者の殺害を決定させていく。
だが、この戦いにおいて最も敵の殲滅にその実力を発揮したのはメレムだった。
「さてと、出番だよ。右足」
その宣言と共にアスファルトを踏み砕き、建物を容易く踏み潰す音が聞こえる。
その音の先には想像を絶するものがいた。
その姿は巨大な鯨と呼んで差し支えないだろう。
その鯨に四本足が生えて、それで歩いている。
「じゃあ好き勝手に歩いていて良いよ右足」
メレムの命令に従い気の向くままに歩き始める怪物。
鯨の怪物はただ歩いているだけなのかもしれないが、全長二百メートルに達するその巨体が歩く度に十体単位で死者が踏み潰される。
まさに動く要塞だった。
「ちょっと!メレム危ないですよ!」
「そんな所を歩いているからだよシエル、ここに登ってきたら?」
コンビを組んでいるエレイシアとそんな軽口すら叩く余裕を見せて次々と死者を踏み潰していた。
周囲の死者や死徒をほぼ掃討したアルトルージュとリィゾは動きを止める。
「ここの掃除は完了ねリィゾ」
「はい、次は何処を」
「そうね、アルクちゃんの所かメレムの所に行こうかしら?」
その時、リィゾが再度剣を構える。
同時にアルトルージュもそれに気付いた。
「まだいるみたいね」
「はい、姫様、後ろに。どうやら、頭が来たようです」
その視線の先には、死徒たる自分達ですら一歩退きたくなる、憎悪と怨念を撒き散らす復讐の死徒、エンハウンスがいた。
その両手には以前の彼のそれとは違う剣と銃が握られていた。
剣は柄から刃まで豪奢な黄金で彩られた長剣、銃は以前の散弾銃ではなく、リボルバー式のマグナム銃を。
「貴様・・・片刃・・・」
「黒騎士と死徒の姫か・・・丁度良い。まずは手前らからだ」
そう言うや早撃ちで銃を撃つ、狙うはアルトルージュ。
だが、面を制圧する散弾銃ならまだしも強力な弾丸であっても点の攻撃。
「馬鹿にしているの?片刃、そんな攻撃当たる筈ないでしょ」
子馬鹿にして銃弾の軌道上からその身をかわす。
それだけで容易く回避するかに見えたがその時不可解な事がおきた。
銃弾での攻撃は直線である筈が急激にカーブを描き、アルトルージュの追尾を開始した。
「えっ!」
「姫様!」
その銃弾はリィゾの剣で弾き落とされる。
「何だその銃は」
油断無く構えるリィゾにエンハウンスは何も言う事無く剣を構え襲い掛かる。
双方の剣がぶつかりあう。
その時リィゾはエンハウンスの異変をはっきりと認識した。
「なんだ・・・この力・・・」
リィゾの剛剣を諸共せず、剣ごと両断しようとじりじり押し迫る。
「!!」
咄嗟に腹部に蹴りを叩き込み、間合いを取り直す。
「・・・そうか、ようやく思い出した。貴様のその剣、以前衛宮が見せてくれた事がある」
「・・・」
「それは災いと破滅呼ぶ黄金の剣(ダインスレフ)。持ち手に破滅を与える魔剣」
リィゾの言葉に表情を大きく歪めるエンハウンス。
「だが、解せん。衛宮の言葉によると自身の力を大幅に引き上げるのと引き換えに感情を一つ捧げ続けなければならず、捧げなければ理性を、最期には命を奪うと聞いたが、一体何を」
士郎ですらこの宝具を投影した時、直ぐに地面に置いた。
それほどこの剣の呪いは強力で、下手をすれば自分がそれに囚われかねなかった。
そんな危険な宝具を使用しているが特に変調もないエンハウンスに暫し首を傾げるが、直ぐに合点が言ったと言わんばかりに一つ頷く。
「・・・いや、なんとなくわかった。貴様、怨念と憎悪と捧げ続けているな」
対するエンハウンスは無言だったが、それが何よりの肯定を示していた。
「どういう憎悪か。その魔剣に捧げ続け、それでも尚無尽蔵に湧き出すとは・・・姫様、お下がりを・・・いえ、出来れば志貴かプライミッツの元へ。少々荒っぽくなるやも知れません」
「ええ判ったわ。リィゾ、片刃の剣もだけど銃も気をつけなさい。どう考えてもあれも普通じゃない」
「はっ」
その言葉に頷きアルトルージュが立ち去る。
「けっ貴様が相手か、黒騎士。まあいい。どちらにしろ全部ぶち殺す気でいたからな。死徒の姫も真祖の姫も・・・『真なる死神』も、そしてもちろん貴様もな!!」
その言葉と同時に銃が吠える。
それを一刀の内に弾き返すが、あろう事か弾き飛ばされた弾丸は再度軌道を修正し再びリィゾの身体を貫く。
「!!これは」
「ちっ浅いか」
そう言い放つと同時にリィゾの傷は塞がっていく。
時の呪いにより巻き戻された。
そんな中、リィゾは自分の肉体から出てきた弾丸をしげしげと観察した後一つ頷く。
「そう言う事か、特殊なのは銃ではなくこの弾丸か。おおよそ、持ち手が狙った相手に必ず命中させるといった所か」
「ちっ、ネタも全部割れたか」
忌々しそうに吐き捨てるエンハウンス。
リィゾもその正体は知らなかったが、その弾丸もまた宝具、ドイツ民話に登場する『悪魔と契約交わした暗黒の弾丸(魔弾)』。
持ち手の意思に沿って動き意のままに操る事の出来る、弾丸。
それを『六王権』はエンハウンスに下賜していた。
もっとも、正確に言えば扱い手がいない扱いづらい宝具を扱いづらい部下に押し付けたといった方が良いかもしれない。
だが、復讐騎エンハウンスとダインスレフ、そして魔弾の相性は良好といって差し支えなかった。
「まあいい、てめえを殺せばネタはまた隠せるからよ」
「そう上手く行くか。片刃」
「行かせるだけさ!」
憎悪をあたり一面に撒き散らし、吠えるエンハウンスと静かな口調ながら全身に闘志を漲らせ、長年自分と共に数多くの敵を屠って来た愛剣を構えるリィゾ。
エンハウンスが銃を構えると同時にリィゾも直線でエンハウンスとの距離を詰める。
戦いが始まった。